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作成日:2013/01/30
心の通信H25・1・16《彌陀の内観》

 今年は正月早々、内観者のお世話をすることになった。この内観というのは、種々あるが、ここでは大和郡山の吉本伊信という浄土真宗の僧によって創案され普及されたものによってお世話させていただいた。この内観は一般にかなり普及されたもので今日では、様々な宗教関係者の内観。精神医療関係者の内観療法。学校関係者の内観。受刑者を扱う刑務所における内観。企業の社員内観など様々な方面で活用され、世界中で行こなわれている。各界の専門の研究者や内観研修所主催者による内観学会は世界的にも権威がある。

 内観は三尺四方の衝立(法坐という)の中で、ひたすら自分自身と向き合う。

 1、世話になったこと。2、返したこと。3、迷惑をかけたことを自己を見つめる鍬として、父母を始め縁のあった人々に対し、ひとりひとりの人間関係を、0歳から今日まで年齢を区切って、自分がどのようなものであったかを繰り返し振り返る。

 二時間おきの面接で面接者に自分が調べた一部を披瀝する。一日およそ15時間半、7日から8日かけて集中的に自己を見つめる。これまでの縁のあった方々に対する自分をひと通り調べるには、どうしても一週間は必要であるからである。それでも、本当に内観になるには5日目頃からで、それまではたいてい内観でなくて外観でしかない。そのため、最初は「こんな事やっていて果たして何になるのだろう」という強い疑念と拒否感が伴う。しかも、トイレや入浴以外は全く席を立てないので、身体が慣れるまでイライラし苦痛である。朝目覚め夜床についていても、絶えず内観し続ける。無論、外の世界との連絡は一切遮断する。上記の三つの尺度で自己を見つめること以外は全て禁じられるので、座禅とか呼吸法とか瞑想法とか密教ヨーガ観法とかいうような特定の宗教儀礼や作法は全て排除されている。

 このため、内観は特定の宗教行為には当たらない普遍的なものだと認められ、世界中に普及された。

 むしろ、逆に、皮肉なことに、内観道場は宗教施設よりも心身医療関係者や企業家、一般の内観体験者が医療機関や企業施設、一般住宅を開放して内観の道場を開設している事が多い。

 しかし、ではこの内観は宗教的に皮相なのかというと全く逆で、例えば禅の達人であっても、密教の大阿闍梨であっても、念仏行者であっても、シスターであっても、大教祖であっても、まして判事であっても、この内観の前には、自らの悪行の限りを自覚せざるを得ずタジタジになる。一切の仮面が剥ぎ取られるほど深いものである。もちろん、これは、それぞれの信仰や宗教的経験の深さにもこの内観は応じうるということで、内観にも深さがあり、それはひとえに内観するもの自身によるということである。

 さて、今回内観をされた方は俳優であり、経営者であり、幾つものセミナーを全国展開し、本もいくつも出版しているという人物であったが、これまで、全く面識はなかった。

 私も、かなり忙しい時期で、この冬は亡くなる方も多く、かなりハードな日々が続いていた。これでは、責任が持てそうもなく、他の道場を紹介しようと思っていたやさき、ある不思議な事がおこり、受けざるを得なくなってしまった。

 実は、いつもの様に正徳寺の阿彌陀如来の前で端座黙想しているときであった。如来が突然、語り始められていわれるのには、(この私が本尊として造立された背景には、非常に厳しい念仏三昧にあった浄土宗の無能が往生して2年目であった。その恩徳を偲んで造立され阿彌陀如来なのだが、実は、無能上人の行は浄土真宗にも密かに受け継がれていた厳しい念仏行「往生はいかにと問う身調べ」に通じているものである)と。これを聞いてはっとした。この阿彌陀如来は私が雑事の忙しさと、ほかの自己凝視のあり方を理由に、ここ10年ほど開設しなかった内観を開設しなければならないと仰せになられたのか?

 しかもその日、法圓寺に戻ると、「吉本伊信先生ご夫妻の写真がひょっこりでてきました」と妻が私に見せたのである。吉本伊信の内観の原点がこの浄土教に伝えられていた「身調べ」である。「身調べ」というのは、今自分が死んで、さて、自分は彌陀の浄土に行けるものなのか、それとも地獄に真っ逆さまなのか、自分のこれまでの生きざまを死を賭して厳しく見つめるもので、その為、不眠不休、断食を続けて、念仏を唱え続ける。つまり往生念仏三昧に入るのである。この世に戻れない死者が浄玻璃の鏡の前に立たされるのである。この念仏三昧は、私も真言密教の不動念誦法で陀羅尼を数万遍唱える行をしていて体験したことがある。或る段階に入ると、自分の一生が走馬灯のように、しかも克明に、自分の眼前に映し出される。誰が見ているのか、自分自身の生涯が体内に身ごもるうちからこの世に出生し、今日に至るまであらゆる状況が内面的にも外面的にもそのまま映し出される。それを陀羅尼をとなえつづけながらずっと内側から観続けていると、突然、両親の御恩ばかりか、すべての関わりが自らを慈しむ慈悲の響きとなって全身全霊を包み込み、その慈悲の全きありがたさに感無量となる。それに引換え、おのれの自身の愚かさに愕然となり、いたたまれなくなる。とうとう、進退窮まってしまう。が絶望の淵にたったとき初めて如来の慈悲の温もりだけが感ぜられて、感極まる。滂沱たる涙にむせぶ。

 吉本伊信の内観も、実は、最初の二、三日でこの覚悟が決まる。それまでは、外観(思念的に自分を見ている)でしかない。今回お世話させていただいた彼は事業家としてかなり成功し、絶頂にあった(本人が言うのだからそうなのだろうが)。その彼は内観に入って二日目、ひと通り母に対する内観を終えると、面接時にこういうのである。「はっきり言って、内観はつまらない。ちっとも面白くない。二時間ごとに自分を調べろといわれても、内観に集中できるのは最初の十分ぐらい。後は、これからの自分の行動のアイデアばかりが浮かんでくる。肝心の内観は、ただ、頭の中で内観、内観と回っているだけである。こんなでは全く無意味である。下山(内観をやめて帰る)したい」というのである。実は、この方は三日間だけということで内観をしに来たのだが、早くも二日目で、内観に見切りをつけようとしていた。決断と行動がとりえらしい。そこで、「あなたは、明日があると思っているから内観にならないのではないか? 内観は、自分が死んで初めて内観になるのです。その覚悟がなければ、おっしゃるように無意味です。帰っても良いのですが、どうでしょう?」彼は、それで、再び内観を始めた。限られた時間ではあったが、かなり真剣に内観をした。二時間があっという間であるという。気づくときは一瞬である。

 ところで、アミー(彌陀)の不可思議が小職の周りに今このようにしきりに示現し続けているのはなぜなのだろうか? 終末がくるのであろうか? いや、終末などと言うまでもなく、人は否応なく死ななければならない。その時に、往生はいかにと自らに問うことになる。そのことを如来はお示しになられたかったのだろう。

 彌陀の内観を始動させる年を迎えた。読者に内観をおすすめしたい。

萬歳楽山人 龍雲好久