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作成日:2020/11/20
心の通信R2年11月9日《いまこそ、天上の意志と響和し、光りある世界を創造していくとき》

忘れもしない昭和45年4月8日、小生が真言僧としての一つの修行を成満させて頂いた御礼にと、たまたま、師僧の寺を尋ねた際、丁度、師僧はある同門の弟子僧の紹介を受けて、ある不思議な人物との会合に出かけようとされるところであった。師僧は、お付きの僧に、突然、来訪した小生も同行させる旨を告げられ、お供をさせて頂いた。

そこは都内のある8階建てのビルのフロアーの僅かなスペースであった。すでに20名程の人々がおり、その中央では黒板を背に、電気工学系会社の作業服を着た人物が、いささか甲高い声で、何やら熱弁を振るっていた。黒板にはE=mc2など物理方程式などが沢山書かれていた。その中に僧侶は数名しかいなかった。他は一般の方々であった。しかし、そこで耳にしたものは、意外なものであった。インドにおける釈尊の正法真理についてなどであった。驚いたことに、この人物は、日本語で話をしていたかと思うと、突然、流暢なサンスクリット語の般若心経をとなえる。かと思えば、密教の印や真言を繰り出し、これは、真言密教の祖師のひとり不空であると、不空三蔵のことについて語りはじめたりと、われわれ駆け出しの真言僧でも苦労する印や真言を次々に繰り出す様子に度肝を抜かれた。しかし、彼自身が言うには「自分は、行者でも修行者でもなく、一介の電気屋のおやじだ。」という。たしかに、どこにでもいる風体の人物であった。

しかし、さらに、驚いたことは、たまたまお供して付いてきただけの初対面の小生を見て、いきなり、彼は小生のこれまでのことをすべて言い当て、これからのことについて、すべて見通しているかのように、具体的な話しをし、何故そのように小生のことを詳しく知っているのか、ただ、驚くしかなかった。

とはいえ、この日、この不思議な人物が繰り出したさまざまな内容は、これまでに経験がなく、衝撃は大きかったが、小生にはにわかには受け入れ難い内容ではあった。

その後、6年ほど経った昭和51年3月、小生は、真言宗の寺院に住み込みながら通った寺と仏教系大学院を卒業する日、どうしても、この不思議な人物に、もう一度会ってみたいという衝動に駆られ、他の誰にも告げず、ひとり福島から夜行で東京へ行き、早朝まだ暗い雨の中、大田区平和島周辺をうろうろと、あてもなく、彼の家を探し回った。朝早いので、どの家も、閉まっていて、場所を尋ねようもない。困り果てていたところ、不思議に、たまたま近くにあった工場の裏木戸が突然開いて、傘を差したひとりの青年が近づいてきて、いきなり、探している彼の家までの道順を教えてくれた。言われたとおり、橋を渡り行ってみると、小さな二階建ての家があった。会いたい人物は、丁度、出かけようとして車に乗り込むところであった。彼は私の姿を見るや否や「おお!間に合って良かった!キミは、これから卒業式だね。ちょうど、私の行く方向と一緒だ。一緒に乗りたまえ。」と挨拶もそこそこに、思わぬことで同乗させて頂いた。

一介の学生である私の今日の行動など彼が知るよしもないし、相手にするはずもないのだが、どういうわけか、彼は、小生の行動をすべてを見通していて、なんと、小生が卒業式に間に合うようにと、ナビもない時代に、空いている道を運転手に指示しながら、四ツ谷駅まで送り、車中で、まだ小生のことなど何も話していないのに、彼は、これまでの小生の苦労の日々とその意義について詳しく話し、今後の私の生き方についてずっと語り聞かせてくれたのである。

さて、この年の4月、小生は、彼の側にいた。このとき、彼は主催する宗教団体の長として全国を講演していたのだが、かなり体調は悪い状態にあった。彼自身は小生を「ひとりの僧」として彼の側においてくれ、組織にはあまり縛られることなく、自由に彼の側にいることができた。しかし、その期間はあまりにも短かった。彼はこの年の6月に他界したのである。これまで彼は講演や多数の著書の中で「今は末法の末法の時代だ。このままでは人類は破綻しかねない。人々は釈迦牟尼佛が説いた正法の原点に帰らねばならない。ひとりひとりが自我我欲や自己保存の蒙昧を離れ、意識の変革を起こさなければならない。」と説き続けていた。

しかし、4月から彼が他界する6月ギリギリまで、彼の側にいた小生には、彼は、実に不思議な話をずっと語り聞かせてくれた。それは、まるでヘブライの教え古代ユダヤの世界であった。仏教者の私にはなかなか理解不能ではあったのだが、どこか切迫した緊張感が走る極めて重大な話のようであった。

その彼の最晩年の話のなかで、このとき最も気になったことは、「このままでは地球は滅びてしまう。宇宙と地球と人類の意識は連動している。にもかかわらず、人類の意識がかってな自己保存や自我我欲によるイデオロギーや宗教や経済における人類の貪欲や欺瞞や搾取などの戦争を続けている。人類の意識が悪の蔓延る不調和な状態にあるとき、必ず、地球上に大地震や大干ばつや豪雨などの災害が起こり、疫病などが蔓延していることをしらなくてはならない。これは人類に対する天地からの警告である。しかし、人類は未だに、これを無視し、相も変わらず、間違った生き方をしている。そのような状況が続けばやがて、大変なことになりかねない。人類の狂気そのものが核戦争のボタンを押しかねないのだ。その人類の脅威を如何に取り除くか、天上界の9人評議会や24人の長老たる大天使達が、如何にして、人類の暴走を悔い改めさせるか、必至であることを、人類はしらない。それを、私は、人々に説かねばならないのだ。」最後の最後まで小生にその話をしながら、昭和51年6月に彼は他界した。

あれから、34年過ぎた平成22年12月、東京の書店で、あるアメリカの社会科学者の難解な翻訳本を偶然手にすることがあった。神学的にはヘブライズムの教えではあるが、理論物理学、天文学、生物学、宗教学などさまざまな科学論を駆使した「天上界の光りの大天使」に言及する奇書であった。

実は、まさに驚いたことであるのだが、その本の内容は、昭和51年に彼から聞かされていた内容と全く同じ内容であった。しかも、この本の原版は、その著者によると1973年1月から3月に覚知した内容で、1977(昭和52)年にアメリカ初版のものであった。日本とアメリカの違い。同じ時期に、基盤とするものはそれぞれ異なるものの、その見えざる世界の論理的構造と伝えようとする趣旨は驚くほど同質であった。しかも、この本は、小生が彼から伝え聞いた不思議な内容の真意を、完璧に補完するものであった。生きていれば、彼はまさに我が意を得たりと歓んだであろう。この800ページに亘るその本の中で、やはり、気になるのは、次の似たような内容であった。「悪に追従する不正直な者達によって、地球の地盤が移動し、地震や旱魃や豪雨、疫病が蔓延し、世界が破壊され、錯覚の神を信ずるものは干からびた泥のようになる。地表を移動している隆起運動は、天上界全域で起きている大浄化の影響である。・・・」と。

昨今の異常気象や大震災、なかなか終息の兆しが見えない新型コロナウイルス感染症で苦悩する中で、われわれ人類が、今後どのような生き方を見いださねばならないか。この地球規模の脅威は、イデオロギーや宗教、民族、人種の別など吹き飛ばしてしまうものだ。それでも、天上界から見れば、今の地球上の人類は、事ここに到っても、なお、利害・利得に走り、骨肉の争いを繰り返すばかりであるとあきれかえられているかも知れない。天上の者達に見捨てられなければよいがと危惧する。

この困難な事実を直視し、われわれは、おのれ自身を見つめ、彼らが神話的に指し示す「光りあるもの」と共振し、われわれひとりひとりが自身の光りとなり大調和に資するものとして、自己変革と意識の革命を起し、困難を乗り越え、光りある未来を切り開いていかねばならないことは確かである。

 

合掌

萬歳楽山人 龍雲好久